まどろみ、うたたね、夢をみる

 それは、ある日ふと、私の隣に現れた。

 ある夜のこと。やけに月が明るい夜だった。

 窓の外の月は、真っ直ぐ私を照らしていた。

 ――月の光が眩しかったから。

 私は、スポットライトのように光を当ててくれるそれを眺めながら、自分自身に言い聞かせた。脇役という役割から解放されるかもしれない。偶然にしては出来過ぎた光景を前に、ようやく私の出番が回ってきたのか、と、思った。次の瞬間である。

 なんだかちょっと、ベッドのスペースが、狭いような気がする。

 そして、どうしてか、左半身に、ぬくぬくとした、重量感のある温かみを、感じている。私は、おそるおそる、布団の中で手を動かす。

 ……柔らかい、何かに、触れた。

 そっと、その何かを、つまんでみる。

 毛が、生えている。指先で、それの全体を撫でていく。どうやら、全身がふさふさとしているようだ。

 すると、ふさふさがもぞもぞと布団の中で蠢くと、「その愛撫は、私の好みではない」と不機嫌そうに不満を漏らし始めた。ふさふさが発した、耳馴染みのある声に対して、私は反射的に「ぱ、ぱーどぅん?」とカタコトの英語で返事をした。

「『私』が、英語苦手なのは、あなたがよく知っているだろう。莫迦者め」

 やっぱり。ふさふさは、美里先輩の声で喋っていた。そっと布団をはがすと、はじめに、月光に照らされて、整った毛並みが艶々と光った。布団の中から、長い鼻の先っちょが見え、短い手足と耳が、ちょこん、と顔を出す。

 それは紛れもなく、バクであった。

「ま、まさか……美里先輩……?」

「そうよ。私は、あなたの大好きな先輩。そして、理想の先輩、織田美里よ」

 なんということか。目の前の得体の知れない妖怪が喋り始め、あろうことか、自らを美里先輩であると名乗った挙句、キャラクター崩壊まで起こしているではないか。情報過多である。とても寝起きの女子高生の頭では処理できない。

 ツッコミどころは、一つや二つでは済まない。嗚呼、どうしてでしょう、先輩。先輩は、いつから妖怪になってしまったのですか?私が日々あなたを一方的に想い過ぎて、バチでもあたったのでしょうか。

 先輩と妖怪。入れ替えると妖怪先輩。一歩間違えれば、何だか淫らな夢を彷彿とさせる字面に軽い眩暈を起こす。私はベッドの上で必死に状況を理解しようと試みるも、何度目をこすっても、バクは姿を消さない。それどころか、強烈な睡魔に襲われ、とりあえず、バクを枕にするように、抱きしめてしまった。抱き枕に丁度いいサイズのバクの身体からは、心地よいカモミールが香る。その香りは、睡魔に拍車をかける。

 バクは、ふさふさの手で私の頭を撫で、「スイートドリームス【良い夢を】」と、美里先輩の声で囁く。その瞬間、私の意識はふっと途切れた。

 好きな人の声で眠りにつく、理想的なシチュエーションの余韻に浸る余裕は無かった。

 だから……今夜はせめて、幸福な夢を見たい。夢にまで見た、美里先輩との甘い夢の続きを。出来れば、バクの姿じゃない先輩が良いけれど。

 こうして、布団にすっぽり埋まる程度のぬいぐるみのようなバクが、私のもとにいらっしゃったのだ。

 それも、私の大好きな先輩の声で喋る、バクが。カモミールの香りを、纏って。