バイタルサイン

 おれたち人類は太古の昔から何かを書きのこしたり、とりあえず物として残しておくことが大好きだ。例えば洞窟に獣の油とか樹液を使って描かれた壁画、どうやってくみ上げたかもわからない意味不明のオブジェ、放課後の黒板に描かれた日直の相合傘。

 そしてそれは形あるものに限ったことでもない。

 音楽、大げさなものだと電波信号に乗せられた宇宙人へのメッセージ。点滅を続けるだけの灯台。何のためにつくられたのか。作者本人がだれかに発見されることを望んでいたのか望んでいなかったのか、それは特に問題じゃない。

 とりとめもなく残されたもののうち、極めつけは俺たちみたいな宇宙にぶっ飛ばされた雛人形だと思っている。特に与えられた目的なんてなく、四方八方やみくもに永遠の浮遊を続けるための存在。なんの用途もない、なんなら誰かに発見される見込みもないってのは、まあそこら辺の落書きとそう大差ないのかもしれない。

 みずきが雛人形になることを選んだのは、きっとこれから先続く、永い道のりの果てで彼女自身をもう一度定義づけたかったからなんじゃないだろうか。人が誰かにとって意味を持つ瞬間は、あくまでも膝をつきながら祈りを捧げたり、ただ同情を買ったときに始まるんじゃない。望む人と望まれる人、その両方が出会い揃ったその刹那、意味は始まってゆっくりと続いていくんだと思う。だからみずきが、あの子がその道のりに残していったものを後ろからそっとついて行って拾い集めることができたなら、彼女は救われたような気がしてくれるんだろうか?

 みずきが危篤になったことを知った時、たしか俺は納期間近のやっかいなプロジェクトに巻き込まれてしまって、伸るか反るかの大仕事に取り組んでいる最中だったと思う。医者からの知らせは電話だったかな?いやメールか?いやとにかく、当事者の気持ちには一切関知しないというような、やけにドライな報告だったことだけは覚えている。緊急のオペだか投薬を終えて病室に戻されたみずきは、ベッドの裏底や枕元の機器からのびる透明な管に繋がれて、俺が部屋に入ったときにいつも見せてくれるような愛想たっぷりの笑顔はなくなっていた。多分、意識も朦朧としているような状態だったと思う。

 みずき………………?

 しっとりと柔らかいみずきの首筋の産毛。手を添えてみるとちょっぴり肌は汗ばみ、意識を失っているはずなのに、何かを感じ取ったみたいにビクッと彼女は身を震わせた。彼女なりの、持ち合わせの体力をありったけに使ったせめてもの応答。みずき、どうしたい?君は本当に宇宙へ行きたいかい?彼女の額にそっと手をあてながら聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁く。

 そしたら今度は苦悶の表情を浮かべながら身を捩るようにしてこちら側に顔を向ける。薄目をあけてこっちを睨みつけるような表情をした。

「もう考え直すことはないか?」  頷く。俺も頷き返す。

 あの時もっとねじ伏せるように言い聞かせていてもみずきの気は変わらなかっただろうな。相手の意見を自分本位に改めさせるのはすごく傲慢なことだと思う。意志の決定に逆らう権利はどこにもありはしない。それでも俺は、本当はみずきにどこにも行かないで欲しいと、あのロクでもない祭の供え物になんてならないでくれと泣きすがりたかった。生き続けることをあきらめないで、無限大の時間と距離を独りぼっちで過ごすなんてことはやめて、ひどい有様でもいいから、体のどこが欠けたって、医者が治すのをあきらめたって、その体で生きることをやめないでくれって身勝手なことを頼みたかったんだ。